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たいせつでたいせつで(180)

 歯の浮く甲高いブレーキ音と、スリップ音が二台分響き渡った。
 クオンはぐらりと傾ぐトレーラーを目の端に、同様にタイヤのグリップを失う自分の車を立て直す。シートベルトを着けていなかった体が流れそうになるのをドアに手を突っ張って支え、しがみつくようにハンドルを操作した。スピンしかけた車体が、きゅり、と鳴いて路面を捉まえる。
 そのまま繊細なハンドルワークで軌道を修正し、再びピックアップを追った。ルームミラーを一瞥すればトレーラーはどうにか立ち直ったようだ。勿論、ハリウッド映画ではなし事故など起こらない方がいい。あとでキョーコが気にするではないか。
 しかし、今のでまた距離を開けられてしまった。
 明確な目的地があるのか、ピックアップは妙に迷いなく進んでいく。左へ折れ右へ曲がるさまは、道を熟知しているようだ。
 対して、年齢上運転免許も未取得のクオンにはもう一つ土地鑑というものがない。方向指示器も出さず自在に走るピックアップに振り回されている気分だ。
 「どこへ向かってるんだ…?」
 心象の悪いことに、かつて目の前で再会したてのキョーコを連れ去られた時も色こそ違え似た型の車だった。今度は逃すものかとハンドルを握る手に力がこもる。
 そう言えば、いつの間にか携帯が鳴り止んでいる。
 ふと思い出して助手席に手を伸ばすが、投げておいたはずの通信機器の姿がない。先程のスリップで滑り落ちでもしたか。今は探す余裕のあるはずがなく諦めた。
 そうして暫く追跡に専念するうち。
 もう何度目になるかもわからない急な右折に続くべくハンドルを切ったクオンは、不意に目の前の路上にてんてんと転がって来るオレンジ色のボールを見る。
 一瞬、脳裡に光が走った。
 これは。
 ブレーキを床まで踏み込むのと、路上駐車の車の陰から子供が飛び出して来るのが同時だった。
 一体今日は何度この音を聞くのか、鋭い摩擦音を聞きながら必死に制動をかける。今度こそスピンし跳ね回る車体を抑えかね、やむなく転んだ子供の反対側にあるポストに尻をぶち当てた。更に横腹を消火栓に当てて勢いを殺す。
 なおも数回転して、タイヤの接地面から上がる白煙と躍り上がる水飛沫を浴びながら漸く車が停止した。
 がくんと揺れた拍子に体が崩れ、肘を先にハンドルに胸を打ちつける。一瞬、息が詰まった。
 「っ…」
 胸を押さえて車の外を見遣ると、驚いたのだろう、子供は一目散に逃げ出して行くところだった。あれだけ走れるなら怪我もあるまい。
 そのかわり。周囲を見回しても、もうピックアップの姿は影も形もなかった。
 なんと言うことだ、と歯が鳴る。
 「キョーコちゃん…!」
 絶望に目が眩む心地を堪え、とにかく車が動くかどうか確かめた。
 フロントガラスにはヒビが入っているし、確実にあちこちへこんでいることだろう。しかしエンジンは問題なくかかったし、パンクもしていないようだ。とりあえず、足を失わずには済んだ。だばだばと溢れる水を踏んで慎重に発進する。
 徐行から巡航速度に達する頃に、1ブロック抜けて次の通りに出た。と、その先の風景に見覚えがある。
 「ここは」
 キョーコとアメリカで再会した通りだ。少し奥に、あの時行った公園も見える。またこの辺りで彼女を連れ去られてしまったのかと胸が軋んだ。
 が、
 「待てよ…」
 閃くものがあった。つまりこの辺りは、かつてキョーコの通学路だった。では。彼女の元の家が、近いのではないだろうか。
 急いで車を路肩に停め、見当たらないまま放置していた携帯電話を探す。座席とドアの間に落ち込んでいるのを発見して引っ張り出せば、当然ながら着信を知らせるランプが必死に自己主張していた。
 着信履歴を表示し、どうせ同じ名前が並んでいるのだが一番上のものを選んで電話発信する。
 『クオン!!』
 1コール目の半分で父に繋がった。やり手のマネージャーの声が横から入っているから、仕事はどうしたなどと無駄な質問はしない。
 『今どこだ、状況は』
 クーも無駄な話はしなかった。質問内容と声の切迫から、奏江からの連絡が渡っていることが窺える。
 「**ストリートの西端近く。通りに出る手前でラウズの車を見失った…」
 父が息を呑む気配が伝わって来た。それへ被せるように、少しかすれた早口で続ける。
 「だけど父さん、この辺りで最初にキョーコちゃんと再会したんだ。あの子は当時行動を制限されてたから、たぶんもとの家はこの近くなんだと思う。ラウズは、もしかしたらそこに向かったのかもしれない」
 『キョーコのいた孤児院で尋ねてみよう』
 アクションスターは話が早かった。おそらく、クオンと同じく以前話を聞いた女性職員の顔を思い浮かべていることだろう。
 きびきびと言う後ろで車のエンジンのかかる音がする。あの音は父お気に入りのポルシェだ。すぐ動けるように車内で待機していたのか。
 『電話では答えてもらえないだろうから直接訪ねるが、ここからなら5分もあれば着く。住所がわかったら連絡するから、携帯を手元から放すな』
 「了解」
 通話の終わった携帯電話を見下ろし、クオンは小さく息を入れた。父の対応に、重く蟠る不安がわずかながら軽くなった気がする。
 改めて通りを見渡し、かつて青いピックアップが走り去った方向を食い入るように見つめる。本当は今すぐそちらへむかって走り出したい。けれど、と自分に言い聞かせる。
 闇雲に動くよりも今は待つこと。
 そして。拳を握った。
 誓うことだ。
 (絶対に、助ける)




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