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たいせつでたいせつで(183)

 「!」
 大きな通りから数ブロック入ったあたりで、捜し求めていた車を発見した。クオンは灰色のピックアップのすぐ前につけて自分の車を駐め、弾き飛ばされたかのように外へ飛び出した。
 狭い通りには街灯もなく、あまり住人もないのか窓明かりも少ない。中でも、今正面にしている大きなアパートには灯りひとつ見えないどころか玄関前が鎖で塞がれている。
 そのドアが片方だけ僅かに閉まりきっていないのを見て、クオンはここだと確信した。
 玄関へ駆けつけようとする彼の視界の上端で、ちかりと小さな光が閃いた。
 「!?」
 上空を見上げるこめかみを掠めて鋭い風が過ぎ、次いで、ぱんと硬いものが砕ける音がする。
 視線をそちらへ惹かれ、クオンは路上に小さな黒っぽい塊が転がるのを見た。欠けてこそいるが、その大きさとフォルムに見覚えがある。
 クオンはさっと屈んでそれを拾い上げた。間違いない、コーンの石だ。キョーコが肌身離さず大事にしている、あの蒼い石。
 泣き虫の少女にそれを与えた贈り主が身を翻して駆け出す。身軽に階段前の鎖を跳び越えた。
 どこの窓も開いていないのはもう見て取っている。ガラスの破れた部屋もあるが、石が落ちて来たよりも低い階ばかりだ。
 ならば、屋上。キョーコはきっとそこにいる。



 暗い階段の表面には、入り乱れた二つの足跡が続いていた。大きいものと小さいもの、埃を踏み分けてそこだけが夜目にもくろぐろと沈んでいる。それは三階で一度廊下へと曲がってはいるが、すぐに戻ってきて再び上へ向かっていた。
 やはり屋上だ。
 クオンは階段を三段飛ばしに、しかし極力足音を立てないように駆け上る。更に数階分を上り、ついに段の尽きた先に白っぽく塗られた金属扉を見た。
 そこにぴたりと身を寄せると、かすかに低い人声が伝わって来る。
 「…のに、あんな石…不相応…どこから」
 高低の安定しない、なのに奇妙に平坦な男の声はラウズに違いない。石、と聞こえたのは先ほど落ちて来たアイオライトのことだろう。
 ポケットの中の鉱物を握り締め、金の髪の少年はその明眸を眇める。奇しくも先刻のキョーコと似た仕草となったが知るはずもなく、彼は焦れる己を宥めながら鉄扉のノブに手をかけた。
 軋まないよう、そろりと開く。
 風が吹き込んで彼の前髪を攫い、同時に耳元に人の声を届けた。
 「ちゃあんと俺が送り返してやるからなあ」
 やけに赤い月を背負って、男が立っている。ラウズだ。笑みの混じるかすれ声に、冷水を浴びせられた心地になった。
 「一方的に迷惑をかけられたとは言え、仮にも親子だったんだから、子供のことに責任を持つのは当然の義務だ。
 「まあ心配するな、やり方は大体わかってる。ほら、よくあるじゃないか。肉体を殺せばいいんだろう?そうすれば邪悪な魂は憑代を無くして、自分の次元に帰らなきゃならなくなる。そういうもんだよな」
 ラウズの呟きが続く。妙な映画か何かの見すぎではないのかと疑われる台詞だが、歪んだ熱意は十二分に伝わって来る。隙間風にも似た声に、いつかの養護職員の言葉が重なった。
 『お前は要らない子なんだ。お前がいたからお母さんはずっと苦労して、いま、俺に殴られてる。お前なんかのせいで。お前は悪魔の子だ…』
 ぶるとかぶりを振ったクオンは、キョーコの位置を確かめようと目を凝らす。こちらにほぼ背を向けているラウズまでは5mばかりか、その近くにいるはずと思うのに声も聞こえず姿も見えない。男の言動から、生きているとは知れるが。
 死角になっているのかもともう少しドアを押した時、脱走犯がゆるゆると右手を持ち上げた。
 「天国ってのは大体西にあるって言うもんな。東の果てから来たお前もお前の母親も、やっぱり地獄の悪魔だってわけだ」
 ラウズの言動は狂人のものとしか思えない。共に暮らしていた時はずっとああだったのだろうか。あんなことを言われて、心も体も傷つけられて。十歳の女の子が。
 激しい怒りに目の奥が真っ赤に染まる。口の中に鉄の味が拡がり、クオンははっと我に返った。
 「今、故郷に帰してやるよ。母さんのとこになあ」
 ラウズは銃口を無造作に足元へ擬している。
 「!」
 クオンはその先を辿って、コンクリートの上に散らばる黒い髪に気づいた。彼の位置からではほとんど構造材に隠れてしまうが、小さく小さくうずくまる背中が垣間見える。細い指で頭を抱え、ひどく震えるさまに胸を抉られた。
 チキ、とチーフスペシャルの撃鉄が起こされる。ダブルアクションなのだからそんな動作は必要ないのだが、狂気に身を浸す持ち主にとってはそれも儀式の一環なのかもしれない。
 「お前は、要らない子だ」
 いっそ厳かに告げられたそれは、今度は過去の声ではなかった。
 鉤のように曲げられた男の右手人差し指に、ゆっくりと力がこめられる。






 

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