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たいせつでたいせつで(185)

 ぱしゃん…と。
 見た目よりも薄手のガラスだったらしく、やけに繊細な音が上がる。日本の祭りで聞いた酒瓶の割れる音より、CF撮影中のグラスの割れる音によほど近い。
 耳のいいキョーコがそれに反応しなければいいと願いながら、クオンは同時に口を開いた。
 「キョーコちゃん!!」
 聞くな、と言いたかった。むしろ自分の声を聞いてほしかった。
 ありったけの思いと声を捧げる彼はしかし、細い細い呟きを聞く。
 「…いや…」
 呼吸が詰まった。
 再びキョーコの名を紡ごうとする唇が震える。届かないのか。
 は、というせせら笑いに、目の前に注意を戻した。ラウズはぎざぎざに割れた瓶の先をニタリと見て、割れ残った部分でわざとらしく肩を叩く。
 「何言ってんだ、ちび悪魔。さんざ人に迷惑かけやがったくせに、今更か弱ぶったって誑かされるわけねえだろうが」
 ぎり、とクオンの歯が鳴る。
 「あんたは、まだそんなことを…!」
 男は口を開いたが何も言わず、激昂する少年に馬鹿にしたような憐れむような目を当てた。
 それと共に靴先をにじるのを予備動作と見たクオンは正しかった。半歩前に出した左足を軸に肩を引き、彼は思い切りよく突き出されたガラスの切っ先を受け流す。
 右手を拳に固め、フック気味に男の顎を狙うあたり、彼もなかなかえげつない。
 しかし神速を誇る拳も、目標の軌道を見誤っていれば相手に届くどころではない。するりと身を沈めたラウズの残像だけを乱して空を切った。
 「!?」
 わずかに体勢が流れ、重心を戻すより先に彼は悟る。
 違う。
 ラウズの狙いは自分じゃない。
 「キョ        コ!!」
 割れた声に教えられるまでもなく、始めから。
 手を伸ばす。指先をかすめる風にぞっとした。
 バランスの戻りきらない足を無理に踏み切り、つんのめるような格好で更に手を伸ばす。
 「滅びろ悪魔ッ!」
 「させるか!!」
 ざらりとして叫びを斬って捨て、わずかに指のかかったジャンプスーツの襟をぐいと引き寄せる。
 「うぉ…」
 跳ねる体を強引に引き倒した。振り回される凶器がかすめ、左頬に熱を覚える。構わず、床に転がるラウズの腹へと倒れ掛かる勢いを少しも殺さず肘を沈めた。
 どす、と重い手ごたえ。男が苦鳴を上げる。
 「ぐうっ」
 そこで許さず、痙攣する腹に入ったままの肘を支点に足を飛ばし、ととめとばかり顎を蹴り上げた。今度は反応がなかったから、すでに意識を失っていたのかもしれない。
 「ふう…」
 クオンは大きく息をついて立ち上がる。うずくまり震え続けるキョーコのもとへ、二歩で駆けつけた。
 「キョーコちゃん…」
 そっと手を伸ばすと、小さな肩がびくりと引かれる。少女を恐れさせてしまった後悔と、恐れられたことへの傷心に自分の眉尻が下がるのがわかった。
 どうしたものかと考えあぐね、しかし放っておけるわけがない。一心にキョーコを見つめていると、顎が小さく動いているのに気づいた。何か言っているのか。
 触れないよう慎重に身を寄せるクオンの耳に、微風にも紛れてしまいそうな吐息ほどの呟きが聞こえた。
 「ごめんなさい…ごめんなさい、おとうさん…」
 怒りと悲しみに目が眩む。
 どうして君が謝る必要がある。
 彼女は愛されたかったのだと思う。もっと以前から、ずっとそうだった。子供が最初に出会う家族という小社会で、無条件に与えられていいはずのそれに飢え、必死に手を伸ばしていた。
 なのに得られず…それどころか、ラウズに至っては親の立場にありながら彼女の伸ばす手を心を傷つけ、根底から否定したのだ。
 そんな男に。
 だらしなく伸びているラウズへと射殺しそうな視線を流した時、まだ遠くにだがパトカーのサイレンが聞こえた。ここへ来る途中なのだろうか。
 いずれにしろ、父が通報しているはずだから警察も、父自身もおっつけやって来るだろう。
 少し迷い…恐れたが、ジャケットを脱いで震える少女にそうっと着せ掛けた。
 「キョーコちゃん、もう大丈夫だから…」
 恐る恐る話しかける途中、彼はふと口を噤む。少女の指先が、何かを探すように空をもぞもぞ動いている。うわ言のように零し続ける小さな小さな声の中に、いつの間にか違和感が滑り込んでいた。
 謝罪でもなく、父を指す単語でもないそれは。
 「コーン…っ…コーン、いや…」
 彼を、違う、恐らくは彼の与えた石の名前。
 彼女は、ずっとそうして耐えて来たのだろう。小さな石に縋って、孤独を恐怖を堪え、縮こまって。一人で。
 クオンは唇を噛み締め、夜天の下に目を走らせた。先刻、急場とは言えアイオライトをラウズに投げつけたりするのではなかった。また地上まで落下していなければいいが。
 よくよく目を凝らせば、キョーコの右向こう、屋上の端を区切る簡易な鉄柵の下にちかりと光るものがある。
 あれか。
 立ってそこへ行く。足音にさえ少女が身を震わせるのを強く意識しながら、できるだけ静かに歩いた。
 鉄柵まで行き、確かに目的の物であることを認めて拾い上げる。再び静かにキョーコのもとへ戻ると、殊更ゆっくりした動作で彼女の前に屈み込んだ。
 「ほら、キョーコちゃん」
 縮こまる手首をそっと、しかし強めに引き、冷えた手を軽く掻くように石を押し付ける。はっと息を呑む音がして、キョーコは掌に覚えた感触を握り込んだ。
 「コーンっ…
 「たす、けて…!」
 それは、少女が初めて紡いだ言葉だった。他者へ救いを求めるその一言を、彼女は自分のために使ったことがない。
 クオンは打ちのめされたように呼吸を詰めた。



 
 
 


 
 アレですね、たいせつクオンは語尾が「キョーコちゃん」。←だいなしだよバカ野郎。


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