FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

たいせつでたいせつで(186)

 「コーン、コーン…っ」
 両掌に握り込んだ石に、キョーコは繰り返し呼びかける。すぐ目の前にいるクオンをちらと見ることもせずに。
 「キョーコ、ちゃん」
 やっと喉を通った少年の声は、ひどくかすれていた。
 どうして、と思う。
 どうして自分に言ってくれないのか。自分を求めてくれないのか。そんな石でなく。
 「キョーコちゃん」
 心が軋む。まるで、世界に一人ぼっちになってしまった心地がする。
 ああ…と嘆声が漏れた。
 きっとキョーコは、こんな気持ちをずっと抱えて来たのだ。
 それは彼の知る孤独よりもずっと深く、冷たく、救いがない。
 「キョーコちゃん」
 幾度も呼んで来た名前を、幾度も呼ぶ。これは彼の求めだ。
 「俺は、君が必要だよ」
 そろりと立ち上がった。二歩、もう一歩後へ引く。
 「君は、俺なんて要らない?」
 呟いた途端に彼は知る。
 強くなりたいと望んで来た。揺らぎなく自分を支える強さが、キョーコを包み込める強さが欲しかった。
 今、この孤独こそが、そこへ至る唯一の道。
 この少女をただ欲していただけでなく、同時に、欲されることを欲していたのだ。
 キョーコは相変わらずコーンの名を繰り返している。それに紛れて謝罪の頻度が下がっているようなのは良い傾向なのかそうでないのか。
 身を離したせいか、その声が少し間延びして聞こえる。
 「、オ、ン」
 え、と少年は目を瞠った。
 今、彼女は何と。
 「ク、オ、ン」
 今度こそはっきりと聞き取れたその名は、正確に彼のものだった。一体いつから。
 「あ…」
 圧倒的な感情の本流に襲われる。
 まさか。
 やっと。
 悲しかった。
 辛くて。
 求めて。求めて。
 求められたくて。
 それ以上に、愛しくて。
 今、ここにいる。それが、
 嬉しい。
 「いるよ」
 声が上ずる。そろそろと差し伸ばす手が震える。
 「俺はここにいるよ、キョーコちゃん」
 ただ目を上げてくれればと願う。
 おそらく、ここで彼女を説得できたとして、すべてが今すぐに丸く収まるわけではない。世界は残酷で厳密で、打ちのめされた小さな女の子が傷一つなく癒される日など来ないのかもしれない。
 けれど。少しでも一つでもその傷を減らすことができるなら、そうして一つ一つを積み重ねて行けたら、永遠の努力さえ払ってみせる。
 だからどうか、と心から願う。
 救われることを望んで欲しい。
 そのための方法でいい。自分を、望んで欲しい。
 何と引き換えにもできるし、何とも引き換えにできない、そんな君に、そのために。
 そうっと、そうっと頬に触れる。びくりと震えるさまに怯えそうになる自分を叱咤して、小さな顔を持ち上げた。
 目を合わせる。視線はまだ合わない。
 胸が痛い。
 それでも、退くわけには行かなかった。
 「あげるから」
 呟くと、少女がひとつ緩い瞬きをした。そこから、ぽろりとひとつぶ涙がこぼれる。
 「君に、ぜんぶあげるから」
 まるい頬を伝う涙を指先で拭い取りながら手を離し、クオンは、包むように諸手を拡げた。
 「だから、自分で取りに来て」
 胸をかすめる夜風に乗って、パトカーのサイレンと複数の車の走行音が近付いて来る。
 先ほどの車両だろうか。頭の隅で思ったがクオンは動かず、じっとキョーコを見つめ続けた。かたかたと震える顎の先から、透明な滴が伝っては落ちる。
 クオンは辛抱強く待った。
 月影に黒く沈む少女の瞳に、次第に光が点り始めたとは気のせいだろうか。
 サイレンがいよいよ近くなり、急ブレーキの音と共に唐突に止む。キョーコがはっと呼気を吐いて目を瞠る。
 初めて外的刺激への顕著な反応を示すのを認め、クオンはここぞとばかり踏み出した。
 地上から、複数の抑えた話し声と足音が浮き上がって来る。覚えのある声の混じるそれらに安堵しつつも、少女にどんな影響を与えるのか与えないのかが恐ろしい。
 心中の葛藤を抑え付け、少年は穏やかに呼びかけた。
 「キョーコちゃん」
 まっすぐに、ただ一人に届けと願った声は、願ったほどの強さを持っていなかった。かすかに語尾が震え、妙にしんみりと空気を冷やす。
 何というざまだ、いまキョーコに彼の揺らぎを見せてしまうとは。
 唇を噛むクオンの鼻先で、空気が動いた。
 「…え」






関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

sidetitleブロマガsidetitle

月刊ブロマガ価格:¥ 300

紹介文:AKADEMIA発行の同人誌を月ごとの記事に分けて収載しておりますので、ご希望の月(=タイトル)を選んでご購入下さい。

ブロマガ記事一覧

購入したコンテンツは、期限なしに閲覧いただけます。

sidetitleカレンダーsidetitle
09 | 2018/10 | 11
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
sidetitle最新記事sidetitle
sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle

[特定商取引に関する法律に基づく表示]
sidetitleQRコードsidetitle
QR
sidetitleメールフォームsidetitle

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。